【SS】ほんとうのあたし

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22件の返信スレッドを表示中
    • 1 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      【注意】
      ※このSSは、『紗夜が妹で日菜が姉だったら』を書いたIFストーリーです。
      ※基本的に日菜の一人称視点で進みます。
      ※地の文多め。
      ※誤字脱字があるかもしれません。その時は大目に見てください。

    • 2 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      ──アタシは、いつからか『日菜』になっていた。
      今ではもう周りはアタシの事を『氷川日菜』だと認識している。
      しかし、アタシの本名は『氷川紗夜』だ。

      それは幼い頃、アタシが日菜の代わりに『日菜』を演じた時。
      周りの人々は、全くアタシを紗夜だとは言わなかった。いつも通りの顔で、日菜に変装したアタシを『日菜』『日菜ちゃん』と呼んだのだ。

      日菜は真面目な性格だから、すぐにアタシが日菜の変装をしていた事を周りに説明した。
      しかし周りは『紗夜ちゃんの方が日菜ちゃんって感じだし、顔も同じだし、良くない?』と言った風に受け流したそう。
      ──それから、アタシは『氷川日菜』として生きている。

    • 3 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      -羽丘女子学園 3年B組教室-

      朝。
      アタシは素早く着替え、母が焼いたトーストを加えながら家を出て、軽やかな足取りで学校に向かう。
      途中で麻弥ちゃんの姿が見えたので、麻弥ちゃんと一緒に登校した。
      今は教室で麻弥ちゃんとお喋りをしている。

      「麻弥ちゃん、それなにー?」

      「これですか? これはですね〜…。」

      「へーすっごーい! カッコいーじゃんそれー! るんってくるー!」

      「フヘヘ…。でも値段が高くて買えないんですよ〜。」

      「え〜! 貯金で買えばいいのに〜!」

      「あはは」

      他愛もない会話を交わす。
      ふと気になって、アタシは麻弥ちゃんに問いかけた。

      「…もし、アタシが本当は氷川紗夜だったら……麻弥ちゃんはどんな反応をする?」

      「…………えぇっ!?」

      「あー、あくまで仮定の話!」

      「そ、そうッスねぇ〜…。ちょっと困惑します…。」

      「あは〜っ! そっかぁ〜。」

      麻弥ちゃんはアタシの問いかけに対して困惑した表情をし、その後に左手を顎に当てて考える。
      そうして数秒後、真面目な顔で答えた。アタシはいつもの笑顔と声色で話す。
      やがて予鈴が鳴り、アタシは自分の席に戻った。
      日菜という名前には慣れてる。けれど、そういう問題じゃ無い。だけど、このモヤっとした感情がなんなのか…アタシには分からない。

    • 4 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      タイクツな授業はまるで一瞬で風が通り過ぎるように終わり、気付いたら夕陽が教室を照らしていた。
      今日はライブに向けての練習をするから、天文部へは顔を出さずにそのまま麻弥ちゃんと一緒にいつものレッスン場へと向かう。

      -レッスン場-

      新曲の練習。何度もする。
      アタシは楽譜を渡されて3時間で完コピ出来たからいいけど、他の4人はそうはいかないみたい。
      だからこうやってみんなで集まっての練習が必要だ。
      アタシはこうやってみんなで集まるのは嫌いじゃない。けど、何度も同じ演奏をするのは退屈極まりない。

      「…お、終わった? じゃあ休憩しよっ!」

      「分かったわ。私はお手洗いに行ってくるわね。」

      「私も、お、お手洗いに行ってくる…ね。」

      「いってら〜っ!」

      「マヤさん、先程の私の演奏…どこか間違えては居なかったでしょうか?」

      「? イヴさんの演奏は正確でしたよ?」

      「ならいいのですが…。」

      「ここまでで正確じゃなかったの、彩ちゃんぐらいでしょ〜! さっき音程外しててマジウケた〜!」

      3回目から数えるのをやめたn回目の練習で、彩ちゃんが休憩の号令を出した。
      千聖ちゃんと彩ちゃんはトイレに行く為に扉を開けて廊下を走る。麻弥ちゃんとイヴちゃんはタオルと水筒があるところまで歩いて雑談をしている。アタシもすかさず混ざった。
      そして、麻弥ちゃんの右隣に座る。

    • 5 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      「ちょっ、日菜さん…。そういう事はあまり言わない方が…。」

      「あー、ごめんごめーん。」

      「今の、アヤさんに聞かれてないと良いのですが…。」

      麻弥ちゃんとイヴちゃんはいつのまにか座っていた。
      そして、麻弥ちゃんがアタシの発言を咎める。アタシは適当に謝る。イヴちゃんは水筒を持ちながら、気まずそうな顔で辺りを見回した。
      今朝麻弥ちゃんにした質問を、今度はイヴちゃんにしてみたくなった。

      「イヴちゃん。」

      「な、なんですか…?」

      「アタシがもし紗夜だったら、驚く?」

      「………え? ヒナさんはサヨさんなんですか?」

      「もしそうだったらって話でさ。」

      「そりゃあ、驚きますよ…。」

      「そっか。」

      やっぱり、そんな人の認知をひっくり返すような事実には驚かずにはいられないのがニンゲンってものだ。
      特に麻弥ちゃんやイヴちゃんのように情動で動くような人間は、ね。
      千聖ちゃんなら深堀りしてきそう。彩ちゃんならリアクション芸人並に驚いてそう。
      アタシはそんな事を、体育座りをしながら明後日の方向を眺めて考えてた。

    • 6 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      「帰ってきたよ〜。」

      「待たせたわね。練習を再開するわよ。」

      「おかえり〜。」

      そうこうしてる間に、彩ちゃんと千聖ちゃんがトイレから帰ってきた。
      アタシは二人の声を聞いて即座に立ち上がり、話しかける。後ろを振り返ると、麻弥ちゃんが急いで水筒の蓋を閉めていた。イヴちゃんはタオルを床に置き、小走りでアタシ達のところに寄ってくる。
      遅れて麻弥ちゃんもこっちに来た。
      ──そうして練習は再開され、20時まで続いた。

      「…ふぅ。今日はもう遅いし、これで終わりにしよっ。」

      「そうね。」

      「彩ちゃーん、千聖ちゃーん! 聞きたい事があるんだけど、答えてくれるかな?」

      「…っ!? い、いいけど…。どしたの?」

      「何かしら、日菜ちゃん。」

      日菜ちゃん、か。
      嫌じゃないのになんなんだろう。この雨雲が掛かるような気持ちは。
      アタシは笑顔で2人に問いかける。

      「もし例えばさー、アタシが実は氷川紗夜だったらどう思う?」

      「……ま、まぁちょっとはビックリするかな。」

      「…そうね。もしそうだったのなら、少し意外に思うわね。」

      「そっかー。2人ともあんま驚かなくてつまんなーい。」

      「だって、嘘だって分かってるし…。」

      「別に本当だったとしても、そんなに驚かないわ。だって日菜ちゃんの方が姉っぽいスペックを持っているでしょう?」

      2人はあまり驚かなかった。彩ちゃんはもっと驚くと思ったんだけどなぁ〜…。
      それに、2人ともハナから嘘だと決めつけてるみたい。まあ、アタシが冗談めいた声色で言ってるからってのが大きいけど。
      …アタシはさりげなく、千聖ちゃんが弾んだ声色で酷いことを笑いながら言っているのを聞き逃さなかった。
      確かに、スペックだけで言えばアタシの方が姉っぽい。
      それは、『姉は妹より優れているもの』という固定観念からくる偏見だ。しかしアタシもこの偏見に反対するわけじゃ無い。
      この後は、スタッフに楽器を片付けてもらい、アタシは彩ちゃん・千聖ちゃんと一緒に帰った。
      途中で2人と別れ、1人で家路を歩いて家に帰った。

    • 7 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      -氷川家 食卓-

      「「いただきまーす。」」「「いただきます。」」

      家族4人で手を合わせ、ご飯を食べる。
      アタシの隣に座っている日菜は、今ではアタシの双子の姉で、紗夜だ。
      本人の心情を直接窺い知ることは出来ない。アタシは天才だけど、超能力者では無い。
      まぁそれに? 心を読めるようになるなんて、つまんないじゃん。
      アタシは考え事をするばかりで、全く箸が進まなかった。別に嫌いなメニューが食卓に並んでるわけではない。これはアタシのメンタルの問題。
      実は今まで、こういう気持ちになったことは幾度かあった。しかし、それは自然と乗り越えられた。
      ──今回のも乗り越えたい。

      「…日菜、ご飯食べないの?」

      「…。」

      氷川パパ「…日菜、体調が悪いのか?」

      「違う。」

      氷川ママ「……。今日はもう、寝た方が良いんじゃない?」

      「うん。」

      「…何かあったら、姉である私に頼っても良いのよ?」

      「ん。」

      何が姉だ。お前は鈍臭くて、いつもアタシの背中ばかり追いかけてたノロマで可愛いアタシの妹だ。
      姉?アタシが姉なんだ、本当は。あんたは氷川日菜で、アタシの双子の妹。もう忘れたの?
      アタシはたまに思い出して、こうやって苦しんで──アタシ、苦しいのかな。今…。
      目の前の景色に灰色の砂嵐フィルターが掛かっているみたいで、何も頭に入ってこない。父、母、双子の妹…いずれの声も、今のアタシの脳には届かない。
      アタシは黙って立ち上がり、そのまま自室に戻った。
      愚鈍な妹が、今は姉を名乗っているのだから噴飯物だ。…まぁ、元々はアタシのせいなんだけど。

    • 8 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      -日菜の部屋-

      自分が嫌いだ。
      こんなドス黒い感情が抑えられない自分が、嫌いだ…!
      心の一番深いところから、まっくろな塊が濃霧となって込み上げる。今のアタシにそれを抑える気力はない。
      こうやってたまに、本当はアタシが姉でおねーちゃんが妹だと言うことを思い出しては苦しむ。
      例えるなら、初潮を迎えた女が月に1度、股から血を流す事を止められないように。
      ベットの上で体育座りになり、おでこを両膝にくっつける。カーテンを閉めずに月光を浴びる。それは何故かとても心地が良かった。──本物の『アタシ』が、ここにいる気がして。

      幼い頃。小学1年生の頃。春の頃。あの頃。アタシの思考は目まぐるしく回転し、アタシの記憶は早回しをしているかのように次々場面が切り替わる。吐きそう。遊園地にあるコーヒーカップに乗ってるような気分。

      「どーもー♪ひかわひなでぇーすっ☆」

      アタシは小学1年生の時、好奇心のままに日菜と入れ替わった。
      昼休みの頃に。日菜が体操服に着替えてる時に、日菜のクラスに忍び込んで私服を盗んで着替えて。
      みんなは何故かアタシが日菜であるかのように接した。クラスも違ければ、性格もテンションも態度も何もかもが違うのに──。
      当時のアタシは、自分の脱いだ私服を別のクラスまで運んで日菜の机に置いて、放課後まで日菜として振る舞った。
      ──その翌日。

      「きのうは! わたしとおねーちゃんがいれかわってしまって…。」

      「へー、そーなんだー。」「さよちゃんのほうが、ひなちゃんってかんじがするからきづかなかったよー。」
      「もうおたがいいれかわっていいんじゃね?」「おなじかおだし、わかんねーよ!」

      「…じゃあ! きょうからあたしがひなでーすっ!」

      「ええっ!? おねーちゃん、それはまずいよ…!」

      「なんでー? おねーちゃんっ!」

      「だ、だからわたしはおねーちゃんのおねーちゃんじゃないのっ!!」

      思い返してみれば、清々しいほどの自業自得だった。
      こうやって本格的に過去の記憶を思い返してみるのは、初めてかも。
      もしかすると、このまま本当の自分じゃないまま大人になるのが怖いのかな。
      アタシは顔をあげ、月と星を見つめる。…アタシは夜の名前を持つ女の子なんだって。それを思い出させてくれる。

    • 9 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      申し訳なく思う。
      元々、日菜は姉じゃなかったのに…。
      姉になり得るスペックを持っていなかったのに…。
      アタシは、日菜に『姉としての重圧』を背負わせた。
      ──そして、アタシは自分のアイデンティティと名前を失った。

      アタシがふざけて日菜になったから、日菜は姉として…『紗夜として』頑張らなくてはならなかった。
      妹だった頃なら、アタシに勝てなくてもそんなに苛立ったりはしなかっただろう。
      だけど、姉だから…だからアタシに勝てなくて苛立っている。
      ──変わったのは、名前だけ。そう………名前だけ。なのに、どうしてこんなに苦しい?
      本当のアタシが、音を立てて崩れていく。
      紗夜だった頃のアタシが。

    • 10 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      氷川紗夜は、お気楽で陽気で常に昼な女の子。
      氷川日菜は、真面目で堅物で常に夜な女の子。
      なのにいつからか、紗夜と日菜は名前通りの女の子になってしまった。
      ──本当の自分に戻りたい。

      「はっ…!」

      これだ…!と言わんばかりに、閃光がアタシの頭をビリつかせた。
      『氷川紗夜』が隣でギターを弾いてるのが聞こえる。重苦しくて、暗い音色。
      まるで今のアタシみたい。

      ──双子って、難儀だなぁ。

      音を重ねる。心が沈む。目が眩む。いつか見た『本当のアタシ』はもう、記憶の中にしか存在しない。
      それすら消えてしまうの…?ねぇ!

      ──昼と夜
      相反するその概念が、入れ替わってしまったら
      星満点、月光輝、そんな夜が一気に『夜らしくなって』
      灰青空、陽光減、そんな昼が一気に『昼らしくなって』
      夜の帳が色を失くした
      それはまるで当然のように
      元々同じ空なのだから、何色でも良いじゃないか
      夜だった少女は、自身の欠乏を止めるように天文部に入った
      綺麗な星と、黒に近い澄んだ蒼が、本来の輝きを教えてくれた
      今は夜空を窺い知る事はできない
      だから、神話の夜空を見るに留める他無い
      昼と夜
      本来は混ざり合う事のない概念
      夢現のように、混じり合った

    • 11 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      制服から、着替えてない。
      お風呂にもまだ、入ってない。
      このままじゃダメだ。早く着替えてお風呂に入らないと。
      お風呂に持っていくアロマキャンドルは何にしよう──
      思考がまだ、追いつかない。
      急に立ち上がったものだから、意識が鮮明に灯らない。
      アタシは部屋の電気をつけて、アロマキャンドルが入っている箱から相応しいものを探す。
      ダークブルーのアロマキャンドル。見つけた。夜の香りを纏うアロマキャンドル。
      今のアタシはこれを欲していた。お願いだから、本当のアタシを見つけて…!
      制服と靴下を脱いでパジャマに着替え、アロマキャンドルとライターを左手に握りしめ、下着を右手に握り締めたら。
      右腕で雑にドアノブを動かして廊下に出る。

      ギターの演奏が止まる。アタシの足の動きも一瞬止まった。
      けれどまたすぐに歩みを進める。心臓の鼓動がゆっくりと、いつもの速さで聴こえてくる。呼吸が早い。

      -お風呂-

      アロマキャンドル置きに、それを置いたら。ライターで火を灯して。
      ──明るすぎる
      アタシは一旦お風呂から上がって、灯を消して、またお風呂に戻る。
      幸い、アロマキャンドルに灯った小さい火のおかげで迷わずに済んだ。
      …まぁ、アタシなら別に暗闇でもすぐに目が慣れてくるから迷わないけど。

      匂いが漂う。夜の空気感を纏った匂いが。
      雨上がりの夜──という名前のアロマキャンドルだったはず。アタシが名付けた。
      幼い頃に無くしてしまった本名に、未だ縋り付いてるのは何故?
      こうやってたまに苦しんで。それでも前に進んできたけれど。
      このままアタシは『氷川日菜』として、生きていくのだろうか。
      一抹の不安は徐々に大きく、歪んだ形になり、やがてアタシを食べてしまいそうな勢いで下から湧き出る。
      …ねぇ、氷川紗夜はどこに行くの…?

    • 12 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      ──何分過ぎたのだろう。
      ずっと、アロマキャンドルに灯った火を見つめていた。体育座りで。
      そうしてると、匂いと灯りに意識を委ねているようでラクだった。
      いい加減やめよう。
      アタシは火を息で消し、風呂から上がる。

      ──すると、双子の妹が目の前に居るではないか。

      「ひ、日菜…! お風呂に入っているのなら、先に言えば良いじゃない…!」

      「ひな…?」

      「…え。貴女は、日菜でしょう…?」

      「んーーー。」

      「日菜、本当にどうしたの? さっきから貴女、変よ…。」

      「幼い頃の記憶、もう忘れたの…?」

      妹は、アタシに困惑と怒りが混じった声色で問いかける。アタシはそれに低い声で、らしくない声で応える。
      ねぇ、アタシは『日菜』なの? アタシは『紗夜』だよ?
      このまま裸で居るのも気持ち悪いので、アタシはタオルで体を拭いて、下着を纏い、パジャマに着替える。
      その間、一言も発さずに。まぁ、着替える時に何か言ってたら、怖いよね。
      洗面所は、気まずい空気に支配された。妹は押し黙る。

    • 13 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      「あの頃の…。」

      「………もしかして貴女、まだ気にしているの?」

      「『まだ』…?」

      なんだこいつは。もう忘れたのか?
      それとも、吹っ切れたとでも言うつもりなの? 流石は『日菜』。どんなに濡れた服も、すぐに乾かせてしまうんだね。皮肉を心の中で呟く。そしてそれは、さっきの火のように吹きかけて消えた。
      アタシはこうしている間にも、凄く苦しんでいるのに。
      妹を睨み据える気力も虚しく消え、アタシは部屋へと戻る。

      「私は日菜で、貴女は紗夜。…そういう事でしょう? 貴女が言いたいのは。」

      「…っ!」

      妹がアタシの背中に問いかける。
      アタシは唇を噛み、睨みながら、下を向いて部屋に戻った。
      ──あぁ、イライラする。
      アタシの夜が、始まった。否、既に始まっていた。夜はさらに深くなっていった、の方が正しいか。

    • 14 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      -日菜の部屋-

      もう自分が、姉なのか妹なのか──分からなくなっていた。
      紗夜なのか、日菜なのか──それが行方不明。自分は何?
      日本国東京都××区の氷川++と氷川**の間に生まれた日本国籍を持つ娘──それでしかない。
      左右盲って、こんな感じなんだね…。もうどこがどこで、アタシが誰なのか、分からなくなってしまった。
      誰なんだろう──アタシは。
      足を正座するような形にして、頭を枕とは正反対の方に埋め、両手で頭を押さえてる女の子は、誰なの?
      昼も夜もない、永久に光が差し込まぬ虚空に落とされた気分。
      いつもなら、分からないことに対しては『るんっ♪』と来るはずなんだ。
      でも今は底知れぬ恐れと、怯えに支配されている。主導権を握られている。
      誰だろう、アタシは。名前のない概念なのかな。

    • 15 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      アタシは確かに、1年前にオンリーワンの輝きを見つけた。
      ──アタシだけの、さいっこうの輝きを。
      でも、アタシは誰なんだろう?
      その原始的な概念がブレてると、輝きすらも見失ってしまう。
      例えるなら、土台がしっかりしてないと、建物が崩れてしまうように。
      1番原始的な生理的欲求が満たされない限り、最頂点にある自己実現欲求は満たされない。
      まずは『自分は誰なのか』という基礎的な絶対揺れない軸があって、そこから自信や輝きやアイデンティティなどを枝分かれさせて自分という名の結晶を作る。誰にも壊せない、奪えないような。
      アタシが最初からヒカワヒナならば、今こうして苦しむ事もなかったのにね。
      ヒカワヒナとして、オンリーワンの輝きを構築したのが──今になって、裏目に出た。
      ホントウノアタシじゃないから、ホントウノカガヤキが生まれない。

      ──結果、今になって虚空に堕とされた。

      このまま大人になって、ヒカワヒナとして大人になったら…。
      それはもう、アタシじゃない。
      今までこんなに悩んだ事は無かったのに。
      眠気が本来なら、脳を支配するはずな時間帯。アタシの脳は不思議と醒めたままで、眠気の『ね』の字も無かった。
      明日は学校なのに。レッスンだってあるのに。何故か、眠れないの。
      あいつが氷川紗夜なままなのが許せない──!
      ドス黒い夜が、世界を包み込むまで。そう時間は掛からなかったみたい。

    • 16 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      ──何分経っただろうか。
      時計を見てないから分からない。あれから、無駄な思考ばかりを巡らせていた。
      ノックの音が聞こえる。アタシは返事をしない。

      「入るわよ。」

      「…。」

      「ベッドに座るわね。」

      「…。」

      「私達、どこで間違えたのかしらね。」

      「…。」

      「あの時貴女が、私と入れ替わったりしなければ…。」

      「…。」

      何も喋れない。
      否、喋る気力がない。
      声は聞こえる。何を言っているかも分かる。けれど──

    • 17 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      「…偽物の自分のまま」

      「偽物、ね…。生まれた時は、貴女が姉で私が妹だった。」

      「…。」

      「忘れたわけじゃないわよ。これでも記憶力には自信があるのだから。」

      「………ん。」

      「だけどもう何年も前の事。」

      …何年も前の事?
      アタシが今こうして苦しんでいるのに、一蹴するのか。
      アタシは目の前にいる同じ顔をした女の方を振り向き、無気力に睨み据える。

      「貴女は私に酷いことをした。そしてそれに無自覚だった。」

      「…。」

      「私がもし、氷川日菜のまま生きていたら…少なくとも貴女にコンプレックスを感じずには済んだんじゃないかしら。」

      「本来は、お前が妹だからね…」

      「そう。…でも、最初から私が姉だったとしても同じように私は苦しんだ。」

      「スペックは変わらないから。」

      思うように言葉が紡げない。
      体から力が抜けていくよう。アタシは今ここで消えてしまいたい。

    • 18 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      「アタシはこの2年間で、人間として成長した。」

      「けれどもそれは、本当の自分じゃない形で。」

      「偽り。」

      「本当のアタシは…入れ替わったあの日から、全然成長してない。」

      「時計の針は止まったまま。」

      「…貴女が紗夜で、私が日菜だった頃より」

      「私が紗夜で、貴女が日菜だった頃の方がずっと長い」

      「長いだけで本物じゃない。」

      「大体、双子の姉妹で顔も同じで同い年なのだから名前ぐらいどうだって良いでしょう?」

      「…ふーん。──そういう事言っちゃうんだ。」

      なんだかこの女に失望の感情すら感じた。
      この女は、アホだ。
      私より頭が悪いから、こういう事を言えちゃう。
      本人は吹っ切れたつもりなのだろう。しかしそれは臭いものに蓋をしているだけ。

    • 19 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      >>18修正
      アタシより頭が悪いから、こういう事を言えちゃう。

    • 20 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      ──眠い。
      今になって、のんきな眠気が顔を出してきた。

      「…もう、帰って。自分の部屋に。」

      「…分かったわ。」

      「手に入らない理想より、今あるこの現実を大切にした方がいいと──私は思うけれどね。」

      「…。」

      女はベッドから立ち上がり、ドアまで歩き、ドアを閉めて自分の部屋へ戻っていく。
      アタシはそのまま──電気も消さずに眠r

    • 21 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      ──公園。
      子供たちが無邪気な笑みを浮かべて遊具で遊ぶ。アタシは羽丘の制服を着て、虚ろな目で体育座りをするだけ。
      一人の女の子が、アタシに声をかける。

      「おねーさん!」

      「…何?」

      「おねーさんはね、おねーさんだよ!」

      「冷やかしなr──!?」

      そこに居たのは、まだ『紗夜』だった頃のアタシ。
      見た目からして幼稚園児だった頃だろうか。周りを見渡すと、今は撤去された遊具がある。
      ここは過去なの?

      「アタ…シ…!」

      「おねーさんは、わけあって『ひな』になったんだよね?」

      「な、なんで…それを…!」

      「あたしはおねーさんだから! じぶんのことは、しっててとーぜんでしょっ?」

      『紗夜』は、アタシにニコリと笑いかける。
      アタシはただ、それを眺めることしか出来ない。
      ここにいる──ニュートラルな本物のアタシが。
      今ならやり直せそうな気がした。氷川紗夜として、本当の人生を歩みたい。

    • 22 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      間違えた…。
      『さよ』で紗夜アイコンになるとは思わなかった。

      ちいさいころのあたし「おねーさん!」

      「…何?」

      ちいさいころのあたし「おねーさんはね、おねーさんだよ!」

      「冷やかしなr──!?」

      そこに居たのは、まだ『紗夜』だった頃のアタシ。
      見た目からして幼稚園児だった頃だろうか。周りを見渡すと、今は撤去された遊具がある。
      ここは過去なの?

      「アタ…シ…!」

      ちいさいころのあたし「おねーさんは、わけあって『ひな』になったんだよね?」

      「な、なんで…それを…!」

      ちいさいころのあたし「あたしはおねーさんだから! じぶんのことは、しっててとーぜんでしょっ?」

      『紗夜』は、アタシにニコリと笑いかける。
      アタシはただ、それを眺めることしか出来ない。
      ここにいる──ニュートラルな本物のアタシが。
      今ならやり直せそうな気がした。氷川紗夜として、本当の人生を歩みたい。

    • 23 名前:匿名スタッフさん ID:wOWQwZTQ[] 返信

      ちいさいころのあたし「いやー、さいしょはびっくりしたなぁー!」

      ちいさいころのあたし「あたしがいもうとになってるなんて、ちょうびっくり!」

      「あはは…。アタシのせいなんだ…。アタシがその場の好奇心に負けたから…。」

      申し訳なさそうに頭を掻き、目を逸らす。
      目の前の『紗夜』は、話を続ける。

      ちいさいころのあたし「あたしはあたしでしょっ? なーにおちこんでるのっ?」

      「…。」

      ちいさいころのあたし「なまえがかわったって、あたしはかわらない!」

      「…っ!」

      夜のヴェールに覆われた心に、光が差し込む──
      眉間に皺を寄せ、ただひたすらに目を逸らし続けた。

      ちいさいころのあたし「ほんらいのあたしは、あねだとかいもうとだとか、そーいうのきにしないひとじゃん?」

      ちいさいころのあたし「だからさ、きにしなくていいよ! さよでもひなでも、あなたはあなた!」

      「…っ。」

      目を逸らすのをやめて、『紗夜』の方を向く。
      闇が徐々に白いヒビによって砕け散っていく。

      ちいさいのころあたし「あなたがつくりあげたそのかがやきは、あなただけ…あたしだけのものなんだから!」

      ちいさいのころのあたし「なまえがかわったぐらいで、うしなわれない! あたしはあたしだけのもの!」

      「…っ!」

      言葉がうまく発せない。感嘆の吐息を発するので精一杯。
      アタシの目に輝きが戻り、涙がツーっと溢れる。

      ちいさいころのあたし「なまえがかわっても、あたしはいっしょ!」

      「…っ、ん。」

      ちいさいころのあたし「だからこれからもじしんをもってあゆんでいけばいいよ!」

      その笑みは、アタシの闇を溶かした。壊した。アタシの心に光が満ちる。
      そして一気に目の前の景色が灰色になり、ヒビが入る。
      ──やがて、アタシは目覚める。
      見慣れた自室の天井が視界いっぱいに広がる。



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